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▶条約・協定
13問初級 0中級 13上級 0
条約・協定
13問日本が結んだ日米和親条約では、箱館を開くことと、日本の関税率を相手国と協議して定めることが取り決められた。また、これが結ばれたのは1854年である。 この記述は正しいか。
日本が結んだ日露和親条約では、長崎を開くことと、日本の関税率を相手国と協議して定めることが取り決められた。 この記述は正しいか。
日本が結んだポーツマス条約では、ロシアが日本に樺太の南半分を譲ることが取り決められた。また、これが結ばれたのは1902年である。 この記述は正しいか。
日本が結んだ下関条約では、杭州を開くことと、相手国が日本に賠償金を支払うことが取り決められた。また、これが結ばれたのは1876年である。 この記述は正しいか。
日本が結んだ日米修好通商条約では、長崎を開くことが取り決められた。また、これが結ばれたのは1858年である。 この記述は正しいか。
日本が結んだ日清修好条規では、両国が互いに領事裁判権を認め合うことが取り決められた。また、これが結ばれたのは1871年である。 この記述は正しいか。
日本が結んだ日英通商航海条約では、日本国内での相手国の領事裁判権をなくすことが取り決められた。また、これが結ばれたのは1894年である。 この記述は正しいか。
日本が結んだ日朝修好条規では、相手国が日本に賠償金を支払うことが取り決められた。また、これが結ばれたのは1876年である。 この記述は正しいか。
日本が結んだ日英同盟協約では、一方が他国と戦争になったときは、他方が中立を守ることが取り決められた。また、これが結ばれたのは1902年である。 この記述は正しいか。
日本が結んだ日露和親条約では、下田を開くことと、日本とロシアの国境を択捉島と得撫島の間に定め、樺太には国境を設けないことが取り決められた。 この記述は正しいか。
日本が結んだポーツマス条約では、日本とロシアの国境を択捉島と得撫島の間に定め、樺太には国境を設けないことが取り決められた。また、これが結ばれたのは1905年である。 この記述は正しいか。
日本が結んだ日英同盟協約では、一方が他国と戦争になったときは、他方が中立を守ることが取り決められた。また、これが結ばれたのは1895年である。 この記述は正しいか。
日本が結んだ日清修好条規では、清が日本に台湾を割譲することが取り決められた。また、これが結ばれたのは1871年である。 この記述は正しいか。
▶施策・法令
5問初級 0中級 5上級 0
施策・法令
5問明治政府の施策についての記述である。内閣のもとで定められた施策は、そのときの内閣総理大臣が定めたものとする。 内閣制度が手を入れた領域は言論・政治活動の取締りであり、これを定めたのは伊藤博文である。 この記述は正しいか。
明治政府の施策についての記述である。内閣のもとで定められた施策は、そのときの内閣総理大臣が定めたものとする。 保安条例が定まったのは1887年であり、手を入れた領域は言論・政治活動の取締りである。また、これを定めたのは伊藤博文である。 この記述は正しいか。
明治政府の施策についての記述である。内閣のもとで定められた施策は、そのときの内閣総理大臣が定めたものとする。 華族令が定まったのは1884年であり、これを定めたのは松方正義である。 この記述は正しいか。
明治政府の施策についての記述である。 市制・町村制が定まったのは1885年であり、手を入れた領域は地方行政である。 この記述は正しいか。
明治政府の施策についての記述である。 大日本帝国憲法が定まったのは1884年であり、手を入れた領域は中央の統治機構である。 この記述は正しいか。


