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▶条約・協定
10問初級 0中級 10上級 0
条約・協定
10問日本が結んだ石井・ランシング協定では、アメリカが中国における日本の特殊権益を認めることと、中国の領土保全と門戸開放を守ることが取り決められた。また、これが結ばれたのは1921年である。
日本が結んだワシントン海軍軍縮条約では、海軍の主力艦の保有量を制限することと、日英同盟協約を終了させることが取り決められた。
日本が結んだ日ソ基本条約では、日本とソ連の国交を樹立することと、一方が他国と戦争になったときは、他方が中立を守ることが取り決められた。
日本が結んだ九か国条約では、中国の領土保全と門戸開放を守ることが取り決められた。また、これが結ばれたのは1922年である。
日本が結んだ四か国条約では、太平洋の島々について互いの権益と現状を尊重することと、日英同盟協約を終了させることが取り決められた。また、これが結ばれたのは1925年である。
日本が結んだロンドン海軍軍縮条約では、海軍の補助艦の保有量を制限することが取り決められた。また、これが結ばれたのは1930年である。
日本が結んだ日独防共協定では、共産主義の国際組織に共同で対抗することが取り決められた。また、これが結ばれたのは1936年である。
日本が結んだ日ソ中立条約では、一方が他国と戦争になったときは、他方が中立を守ることと、互いの領土の保全と不可侵を尊重することが取り決められた。また、これが結ばれたのは1941年である。
日本が結んだ日独伊三国同盟では、ヨーロッパとアジアで互いの指導的地位を認め合うことと、締約国が第三国から攻撃されたときは互いに援助することが取り決められた。また、これが結ばれたのは1940年である。
日本が結んだ日満議定書では、日本が満州国を承認することと、中国の領土保全と門戸開放を守ることが取り決められた。また、これが結ばれたのは1932年である。
▶事件・戦乱
9問初級 2中級 7上級 0
事件・戦乱
9問シベリア出兵が始まったのは1918年である。
日中戦争が始まったのは1941年である。
第二次護憲運動で勝った側の中心人物の1人は加藤高明であり、倒された側の人物の1人は清浦奎吾である。また、これが始まったのは1924年である。 ただし、大正時代から昭和前期にかけての日本の政変・事件について述べたものとする。
大正政変で勝った側の中心人物の1人は犬養毅であり、倒された側の人物の1人は桂太郎である。また、これが起こったのは1918年である。 ただし、大正時代から昭和前期にかけての日本の政変・事件について述べたものとする。
五・一五事件で倒された側の人物の1人は犬養毅である。また、これが起こったのは1932年である。 ただし、大正時代から昭和前期にかけての日本の政変・事件について述べたものとする。
二・二六事件で倒された側の人物の1人は斎藤実であり、高橋是清もその1人である。また、これが起こったのは1936年である。 ただし、大正時代から昭和前期にかけての日本の政変・事件について述べたものとする。
滝川事件で処罰された側の人物の1人は滝川幸辰である。また、これが起こったのは1933年である。 ただし、大正時代から昭和前期にかけての日本の政変・事件について述べたものとする。
満州事変が始まったのは1932年である。
張作霖爆殺事件が起こったのは1928年である。
▶施策・法令
3問初級 0中級 3上級 0
施策・法令
3問大学令が定まったのは1918年であり、手を入れた領域は教育である。また、これを定めたのは加藤高明である。 ただし、大正時代から昭和前期にかけての日本の法令・施策について述べたものとする。また、内閣のもとで定められた施策は、そのときの内閣総理大臣が定めた(実施した)ものとする。
治安維持法が定まったのは1938年であり、手を入れた領域は言論・政治活動の取締りである。また、これを定めたのは加藤高明である。 ただし、大正時代から昭和前期にかけての日本の法令・施策について述べたものとする。また、内閣のもとで定められた施策は、そのときの内閣総理大臣が定めた(実施した)ものとする。
国家総動員法が定まったのは1938年であり、これを定めたのは原敬である。 ただし、大正時代から昭和前期にかけての日本の法令・施策について述べたものとする。また、内閣のもとで定められた施策は、そのときの内閣総理大臣が定めた(実施した)ものとする。


